この状況でも眠れるのか?
もっとも眠ると言うより、ただ頭がボーっとしていて、思考が停止していただけかもしれない。
その薄鈍くなってしまった頭が、淡々と警告する。
このままで済むとは思えない。
美鶴は視線を動かす。両手を縛る紐か縄か、それが近くの椅子の足に繋がれ、狭い範囲しか動くことができない。
前にも一度、縛られた事があった。あの時は、タオルのようなものの上から巻かれていたように思う。縛られた痕が残らないようにするための小細工であったのだろう。
だが今は、その紐なり縄なりが直接食い込む。
かなり痛い。右手の親指は感覚がない。薬指と、左手の親指もジンジンと痺れる。これらが感覚を失うのも、時間の問題だろう。
最初は脱出なども試みてみたが、今はもう疲れて床に横たわる。
真相を知ってしまったんだから、このままでは済まないだろう。
やはり、殺されるのだろうか?
さすがに恐怖を感じる。だが、死というものの存在がなんとなく漠然としていて、現実の事として受け止められない。
駅舎で以前、殺されかけはした。だが美鶴には、飼い犬や飼い猫との死別という経験もないし、身内の不幸という出来事にも直面した事はない。
殺されかけても、殺されはしなかった。今だって、このように監禁されてはいても、結局は生きている。
その現実が、美鶴に甘い考えを抱かせているのかもしれない。
だから、こんな状態でも空腹を感じてしまう。
いつまで、このままなんだろう? 里奈たち、どこ行ったんだろう? 何やってんだろう?
出て行った扉を見つめる。だが、開く気配など微塵もない。
里奈―――
中学の卒業式以来だから、一年半ぶりということになるか。
言葉など、もっと長い間交わしていない。
そうだ。美鶴がフラれて以来だ。
あれ以来、二人はマトモに会話していない。
「美鶴に嫌われたら私、生きていけない」
私って、そういう存在だったんだ。
意外な事実に驚きはする。だが、不思議な気持ちだ。
ショックというワケではない。もちろん嬉しいとも思わないし、だが腹ただしいとも思わない。
ただ、里奈が自分のコトをそんなふうに思っていたのかと、その事実にただ驚く。
そんなふうに―――
じゃあ自分は、いったいどう思っていたのだ? 自分は里奈にとって、どのような存在だと思っていたのだ? そして自分は里奈を―――
瞳を閉じる。何も頭には浮かばない。
浮かばない。だって、今までそんなこと、考えたコトなかったから。
里奈にとって自分がどのような存在なのか。そのようなことを、考えたコトはなかった。
他者にとっての自分。
初めて目の前に突き出された概念。
いや、初めてではない。以前にも一度、目の当たりにしたことはある。
「田代さんにしてみれば、いい迷惑なんだと思うけど」
「所詮、大迫さんは田代さんの引き立て役よね」
奈落の底に突き落とされたというのは、こういうことを言うのだろう。それまで一度だって、考えたコトはなかった。
自分は里奈にとって、単なるお飾り?
それがどれほどの衝撃だったか、それは誰にもわかるまい。
わかるものかと歯を食いしばった。
あれから約二年半。
これが真実? 私はただ誤解していただけ?
だが今さら、今さらそれを素直に認められるほど、美鶴は寛容でも心豊かでもない。
自分はどうすればよかったのか?
里奈の話をちゃんと聞いていればよかったのか?
あの状況で?
澤村優輝にフラれて、周囲にバカにされて、それでも冷静に里奈を信じろと?
すべては私が悪かったと?
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